令和4年のタワマン節税裁判や令和5年度の税制改正大綱によって、生前贈与が注目されています。贈与をご検討中の方は「生前贈与より、素直に相続したほうがいいのでは?」と迷うところでしょう。
さて、不動産を親族等に承継してもらう際、相続か生前贈与か、どちらがお得なのでしょうか?結論から言うと、これはケースバイケースです。答えを出すには、シミュレーションが必要でしょう。
本稿では、不動産の生前贈与の節税効果を相続と比較しながらご紹介します。「相続か生前贈与か、どっちがいいの?」と悩んでいる方の参考になれば幸いです。
目次
生前贈与か相続か、不動産(家・土地)の節税対策どちらが得か
さっそく、生前贈与について詳しく解説していきましょう。
相続税対策に生前贈与を利用する理由
相続税対策の基本は「相続財産を減らすこと」です。ですから「財産を生前に贈与してしまえばいいのでは?」と考える人が出てくるのです。
しかし、生前贈与をおこなうと、贈与された側に「贈与税」がかかります。そして、贈与税には以下の特徴があります。
- 相続税より、課税最低額が低く設定されている
- 相続税より、累進課税率が急勾配で上昇する
つまり、贈与税は相続税の課税逃れを防ぐ役割があり、税率だけで考えると贈与より相続のほうがお得なのです。
参考:贈与税の計算と税率(暦年課税)
参考:相続税の税率
しかし、贈与税には「暦年課税」と呼ばれる制度があり、基礎控除が設けられています。暦年課税のポイントを以下にまとめておきましょう。
- 1年間に贈与された金額が110万円を超えると課税される
- つまり、年間110万円以下の贈与ならば非課税となる
この「基礎控除」を利用した贈与が、相続税対策の王道として広く利用されています。
ただし、これまで「相続3年以内」の贈与は相続財産に加算して相続税を課税していました。令和5年度の税制改正大綱によると、この「持ち戻しルール」の期間が「7年以内」に伸びる予定です。
不動産の生前贈与は節税対策に有効か
では、分割できない「不動産」は、暦年課税制度を利用して節税できるのでしょうか。
結論から言うと、可能ですが現実的ではありません。利用される場合は、慎重にシミュレーションする必要があるでしょう。
不動産の暦年贈与はあり?
相続税と贈与税を節税しながら子どもに自宅を譲りたい場合、暦年課税のスキームを使うとしたら、数年かけて少しずつ所有権を委譲する形になります。
もしも、単年でより多くの所有権を委譲したいのなら、子どもの配偶者や孫もふくめて譲る人数を増やすことになるでしょう。しかし、それは以下の理由で現実的ではありません。
- 所有権を委譲する度に登録免許税と不動産取得税がかかる
- 複数人でひとつの不動産を所有すると、所有権が複雑になる
所有権移転登記の際に必要な「登録免許税」と、新築・購入・贈与などで不動産を取得した方に課税される「不動産取得税」は、以下の税率で課税されます。
名称 | 贈与するときの税率 | 相続するときの税率 |
---|---|---|
登録免許税 | 2% | 0.4% |
不動産取得税 | 本則4% | 非課税 |
上述のとおり、不動産を生前贈与すると、相続する場合より余計な費用がかかります。
単年で複数の人に所有権を委譲すれば基礎控除額を増やせますが、所有権が複雑になります。所有権が複雑になると、売却する際にもめる元になりますので注意が必要です。
ですから、暦年課税を利用した不動産の生前贈与は、あまり「有効な手段」と言えません。利用される場合は、税の専門家にご相談いただくほうが無難です。
タワマン節税のスキーム
ところで、話題になった「タワマン節税」は、どのようなスキームだったのでしょうか。
土地は路線価を用いて評価額を算定します。マンションの場合は敷地を各戸に割り当てますので、1戸あたりの持ち分が数十m²程度になります。
とりわけ、背が高いタワーマンションは1戸あたりの敷地面積が狭くなります。ですから、高額で売却できる物件でも、相続税上の評価額がかなり低くなるのです。
この差額を利用して、相続財産の評価額を圧縮したのが「タワマン節税」です。しかし、あまりにも露骨なケースが出てきたため、とうとう国税庁が「総則6項」を発動しました。
この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の評価は、国税庁長官の指示を受けて評価する。
その結果、裁判がおこなわれ、2022年4月19日に納税者が敗訴する事案が発生しました (追徴課税約3億円)。
令和5年度の税制改正大綱でも、マンションの相続税評価について「相続税法の時価主義の下、適正化を検討する」と明記されました。今後、マンションを使った節税スキームは注意が必要です。
不動産の生前贈与が向いているケース
不動産は高額になるケースが多く、相続に大きく影響します。どのようなケースなら、生前贈与が有効なのでしょうか。
まず、生前贈与の特長をおさらいしてみましょう。
- 相続財産から外せる
- 贈与する相手やタイミングを自分で選べる
- 収益物件の収入を受贈者に移転できる
- 相続人以外の人にも贈与可能
このような特長から、以下のようなケースでは生前贈与が向いていると言えそうです。
- 不動産を承継させる人を決めておきたい場合
- 将来の価値が確実に上がる土地
- 賃貸マンションなどの収益物件
住宅のように分割が難しい財産は、財産分与の際に問題になりがちです。不動産を承継させる人を決めておきたい場合、生前贈与が有効な選択肢になるでしょう。
また、贈与税と相続税は課税のタイミングが違いますので、将来の価値が確実に上がる土地も生前贈与で課税額を減らせます。
- 贈与税 ⇒ 贈与がおこなわれたときの評価額に対して課税
- 相続税 ⇒ 所有者が亡くなった時点での評価額が基準
家賃収入が入り続けて相続時の財産が増えてしまう場合も、生前贈与が役に立つでしょう。
不動産を生前贈与する際の注意点
不動産を生前贈与する際の注意点も、ご紹介しておきましょう。
- 相続税よりも高い税率が適用される
- 相続よりも名義変更の諸費用が高い
- 小規模宅地等の特例が使えない
- 相続開始前3年以内の贈与は相続財産に加算される
- 生前贈与された財産も遺留分侵害額請求の対象になり得る
贈与税の税率が高いことや、名義変更時に登録免許税と不動産取得税が余分にかかることは、先述のとおりです。
さらに、相続では利用できる「小規模宅地等の特例」も使えません。この特例を活用すると、一定面積以下の宅地は不動産評価額が最大80%減額されます。
参考:国税庁「相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例 (小規模宅地等の特例)」
また、相続開始前3年以内の贈与は相続財産に加算されます (令和6年度から7年に延長される予定)。遺留分侵害額請求の対象になることも、留意が必要でしょう。
遺留分とは、一定の相続人(配偶者・直系卑属・直系尊属)が最低限の相続財産を受け取る権利のことです。その権利を侵害された際、相続財産を取り返すことを「遺留分侵害額請求」と言います。
遺留分は、法律でその取得が保障されています。遺言による相続や生前贈与であっても、原則としてこの権利を侵害できません。
このように、不動産の生前贈与にはさまざまな要素が関わってきます。生前贈与をご検討で何か懸念があるようでしたら、迷わず税や法律の専門家にご相談ください。
不動産は相続税がゼロになるケースも少なくない
ちなみに、一般的な不動産は相続税がゼロになるケースも少なくありません。なぜなら、課税を軽減するさまざまな控除を使えるからです。
代表的なものをご紹介しましょう。
基礎控除 | 3000万円+600万円×法定相続人の数 |
---|---|
配偶者控除 | 1億6000万円まで、あるいは法定相続分までの遺産は非課税 |
小規模宅地等の特例 | 330㎡までの居住用の土地は相続税の評価額の80%まで減額できる |
ほかにも「未成年者の税額控除、障害者控除、相次相続控除」などもあります。相続税対策で生前贈与するのであれば、まずは相続した場合の課税額をシミュレーションしてみてはいかがでしょうか。
なお、控除で相続税がゼロになる場合でも、相続税の申告が必要です。
不動産を生前贈与したときの諸税の計算方法
不動産を贈与されると、贈与された側に贈与税と不動産取得税がかかります。また、所有権移転登記では登録免許税がかかります。
それぞれ、計算方法をご紹介しましょう。
贈与税
基礎控除である110万円を超えた金額に対して、贈与税がかかります。計算方法は、以下のとおりです。
贈与税 = (課税額 - 110万円) × 税率 - 控除額
税率は、一般税率と特例税率の2種類あります。特例税率は、18歳以上の人が直系尊属(祖父母や父母など)から贈与された場合の税率で、一般税率より低くなります。
課税額(不動産評価額)は、以下の価額が基準になります。
- 建物:固定資産税評価額(納税通知書に記載)
- 土地:路線価(国税庁が毎年7月に公表)
不動産評価額は、減額要因に注意してください。見落とすと、過払いすることになります。たとえば、こんな敷地は減額の対象になり得ます。
- 不整形地
- 500㎡以上の土地
- 高低差のある土地
- 相続後に売却した土地
- 駐車場
路線価が決められていない地域は、土地の固定資産税評価額に一定の倍率をかけて算出します。これを「倍率方式」と言います。
不動産取得税 (2024年3月31日までに取得した場合)
土地の不動産取得税は、以下の式で計算できます。
土地の課税標準額 × 3%(本則4%) - 控除額
課税標準額とは、固定資産税評価額のことです。宅地の課税標準額は「固定資産税評価額×1/2」となります。
つまり、2024年3月31日までに取得した土地の不動産取得税は「固定資産税評価額 × 1.5% - 控除額」で計算できます。
控除額は、下記AかBの多いほうの金額です。
A = 45,000円
B = (土地1m²あたりの固定資産税評価額 × 1/2) × (課税床面積 × 2(200m²限度)) × 3%
建物の不動産取得税は、以下の式で計算できます。
(固定資産税評価額 - 築年数に応じた控除額) × 3%(非住宅は4%)
「築年数に応じた控除額」は、都道府県により若干の違いがあります。軽減には要件もありますので、物件所在地の自治体ホームページでご確認ください。
登録免許税
登録免許税は、所有権移転登記の手続きをするときに納めます。贈与の場合は、以下の式で計算できます。
固定資産税評価額×2%
贈与の場合、登録免許税の軽減は受けられません。中古住宅を取得したときに登録免許税の軽減を受けられるのは、売買または競落に限られます。
登記は司法書士に依頼するのが一般的で、司法書士に依頼する場合は司法書士報酬も必要です。報酬額は自由化されていて、かつサポートの範囲によって異なります。
贈与税が非課税になる条件
贈与税が非課税になる条件は、暦年課税の基礎控除以外にもあります。改めて暦年課税制度と、その他の主なものをご紹介しましょう。
暦年課税制度
暦年課税制度は、現金はもちろん、土地や建物なども対象となります。
基礎控除 | 受贈者1人につき年間110万円 |
---|---|
課税期間 | 1月1日~12月31日までの1年間 |
贈与税の申告・納付期限 | 贈与を受けた翌年の2月1日~3月15日まで |
贈与額が年間で「110万円」を超えた場合、110万円を超えた部分に贈与税がかかります。贈与額が110万円以下の場合は、申告も納税も不要です。
相続時精算課税制度
相続時精算課税制度は、経済の活性化を狙い、若い世代に資産をスムーズに移転するために作られた制度です。この制度を利用すると、2500万円までの贈与には贈与税がかからなくなります。
ただし、相続発生時に相続財産に加算して課税されますので、実質的には課税の先送りと言えます。また、一度この制度を利用してしまうと、その後の贈与で暦年課税を使えなくなります。
このような設計になっていますので、現在、この制度で恩恵を受けられる人は限られるでしょう。
おしどり贈与(贈与税の配偶者控除の特例)
おしどり贈与は、婚姻期間が20年以上の夫婦間で「居住用不動産または居住用不動産を取得するための金銭の贈与」に利用できます。
おしどり贈与を利用すると、最高2,000万円まで控除できます。暦年贈与の基礎控除も併用できますので、合計「2,110万円」まで贈与税がかかりません。
なお、2019年7月1日の民法改正で、おしどり贈与は遺産分割や遺留分の対象から外れました。よって、遺留分侵害額請求がなされても、贈与された不動産は守られます。
不動産を生前贈与する手順(名義変更の流れ)
最後に、不動産を生前贈与する手順(名義変更の流れ)を4ステップでご紹介します。
1、必要書類をそろえる
まず、名義変更に必要な書類をそろえます。代表的なものを、ご紹介しましょう。
- 登記事項証明書
- 登記済証(不動産の権利書)
- 固定資産評価証明書
- 贈与者の印鑑証明書(発行から3か月以内)
- 受贈者の住民票
- 所有権移転登記申請書
ここでは割愛しますが、税の控除を受ける場合は、そちらの手続きでも書類が必要です。
2、贈与契約書の作成
贈与は双方の合意がないと認められない「双務契約」で成り立っています。双方が合意していない、あるいは受贈者が認知していない贈与は実行されたと認められず、相続税の対象になります。
これを避けるために「贈与契約書」を作成しておくとよいでしょう。「いつ、何を、誰から、誰へ」贈与するのか明記して、贈与者と受贈者それぞれが署名と押印をしておきます。
なお、名義変更手続きでは「登記原因証明情報」を法務局へ提出する必要があります。贈与であれば「贈与契約書」が登記原因証明情報に該当します。
3、名義変更の登記(所有権移転登記)
贈与したことを明らかにするために、所有権移転登記をおこないます。対象不動産の所在地を管轄する法務局で、登記を申請してください。
登記申請は自分でもできますが、わりと煩雑でくじける方が少なくありません。面倒と感じるなら、専門家である司法書士に依頼するとよいでしょう。
4、贈与税の申告と納付
原則、贈与を受けた人が、もらった年の翌年の2月1日から3月15日までに贈与税を申告して納税します。申告の方法は、以下のとおりです。
- e-Taxを利用して提出(送信)
- 郵便や信書便による送付
- 税務署の時間外収受箱へ投函する
納税の方法は、以下のとおりです。
- 現金で納付(金融機関や所轄の税務署の納税窓口)
- e-Taxで納付
- クレジットカード納付
- コンビニで納付
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